INSEADについて

【INSEAD留学記2】起業家教育と「起業にMBAは必要なのか?」問題

INSEADは「コンサルスクール」と言われるほど戦略コンサル会社への就職実績が多い事で知られていますが、もう一つの大きな流れが「起業」の分野です。僕は恥ずかしながら入学してからその事を知ったのですが、割と意外な事実じゃないかな?と思い、起業家教育というテーマでINSEADでの生活を紹介してみたいと思います。

INSEADの卒業生の半分は一生のどこかで起業する

留学当初のオリエンで強調された事の一つが「起業家教育」でした。曰く「INSEADの卒業生の53%は何らかの形で起業している」との事。

こちらはオリエンで示されたスライドですが、各学年の5-8%が卒業直後に起業するとされており、VCの投資を受けた・ユニコーンを創業した起業家の輩出数でも北米の学校に並んでINSEADが善戦しています(それぞれ5位、2位)。

肝心なのは、INSEADだけがMBAでその他は他の学部も含めた総合大学としての統計という事です。

北米のトップMBAと互角あるいは上回る実績と言えるのではないでしょうか?

学生生活を送る中でも、将来の目標として起業があり、そのための経験・人脈・レジュメの信頼度・資産(大半の学生が借金を抱えて入学するため純資産がネガティブ)を得る手段として戦略コンサル(ここをGAFAなどの大手テック企業とする人もまた多かったです)の仕事を捉えている人が思ったより多いなという印象を持ちました。

起業がクールなものとされ、起業を目指す・実現する事はカッコいい!という空気が確実にあふれています。

INSEADが提供する起業家教育

起業関連でINSEADが提供してくれる情報・場を紹介していきます。

授業

5学期制であるINSEADでは3学期から選択授業が始まり、起業に絡む授業も相応の種類が用意されています。

Entrepreneurship & Family Enterprise – MBA Electives

僕は起業のきの字も知らないレベルだったので、New Business Venturesという入門編に当たる授業を取ってみましたが、市場の選定や資金調達のやり方といった一通りの事を教えてもらうと同時に、起業家の体験談を拝聴する機会があったり、授業の締めくくりにはチームを組んで練った事業アイデアを起業家やVCである審査員の前でプレゼンするピッチコンテストが開かれたり、という具合に座学と実践が良い塩梅の楽しい授業でした。

他には、履修していませんがRealising Entrepreneurship Potentialは評判が良かったです。これはサーチファンドみたいなもので、自分が経営するという前提で、小規模の未公開企業を探してきて、事業・投資計画を立案して、投資家役となるPEの実務家にプレゼンするというものです。先のNew Business Venturesで講演してくれた連続起業家は、この授業の一環でアプローチしてきたINSEADの学生2名(なお、1名は日本人でした)に本当に事業を売却したそうで、授業といえど真剣勝負の場にするか単なる座学に留めるかは当人の意識次第だなあ・・としみじみ思った記憶があります。

変わり種としては、Startup Booster for Entrepreneursは、起業ネタを持っている学生を対象に、起業家との数回のメンタリングを通して事業計画を改善させていき、その出来で評価するというコースで、講義は特になく、成果物も決まったものがないため、IVCEiR(いずれも後述)と組み合わせて、起業の計画を練りながら単位がもらえるという面白い仕組みになっています。

イベント

授業に加えて、より実践に近い場としてイベントが色々と企画されています。

Startup Bootcamp

各キャンパスで年に2回、週末に開催される、スタートアップを作るための講座。ビジネスアイデア・事業計画の練り方からピッチの練習といった事を土日だけという限られた時間で詰め込まれ、最後は審査官を務めるVCのプロへプレゼンをします。有料ですが、参加者は起業経験を問われないので、起業に少しでも興味があれば飛び込んでみるといいと思います。

最初の学期中に開催される事が多く、僕は留学生活に慣れる事を優先して参加を見送った事を少し後悔しています・・。

Startup Bootcamp

INSEAD Venture Competition (IVC)

INSEADの学生による起業コンペです。MBAだけでなくEMBAなど色々なプログラムの人も参加しており、外部の人をチームに入れても良い事になっています。

INSEAD Venture Competition

審査員はVCや連続起業家といった人々が名を連ね、入賞したチームは数百万円の創業資金をもらえる(株を渡す必要はないが法人登記をして法人口座への振込でないと受け取れない)事もあり、ピッチは真剣勝負。例年、上位入賞者はその時のアイデアを基に卒業後に起業しており、最近で特に著名な例としては、フィリピンでの労働者向け集合住宅のPeoplePodsがあります。

PeoplePods

審査は書類審査と2回のピッチコンテストによって行われ、ピッチまで進んだチームはINSEADEiR(後述)を担当につけてもらってメンタリングを受ける事もできるので、起業のアイデアを持っている人が知識・人脈や資金を得るイベントとしてよく認知されていると思います。

3Ps (Pitches, Pints, Pizza)

学生の起業クラブ(後述)が放課後に開催する、もっと高頻度(隔週~毎月程度)でカジュアルなピッチイベント。参加者は約500円の参加費を払って、起業アイデアを持つ人のピッチを肴にピザとビールを楽しむというもので、思い付いたものを誰かに聞いてもらって壁打ちしたい時にオススメな感じです。

その他

その他にも、起業家を学内に呼んで講演してもらったり、各国の起業家を訪ねるトレックが企画されたり、数え切れないイベントの機会があります。トレックは知らない土地を訪れる良い機会にもなります。

欧州はパリ・ロンドン・ベルリン・アムステルダム・ストックホルム、アジアはシンガポール・バンコク・ジャカルタ・中国、中東はイスラエルなどなど、その土地にゆかりのある有志を中心に企画が立ち上がります。僕は企業訪問という観点ではストックホルムと中国(深セン)が特に印象に残っています。

これはストックホルムのSpotify本社。

こちらは深センのTencent本社。

就活

個人的には、就活も色々な企業や人に会うという意味で、キャリア形成の観点から起業に理解を深める良い機会のように思います。

自分自身が起業しないまでも創業間もない企業に参画してその成長に貢献する機会があるかもしれませんし、面接官との対話の中で起業を見据えたキャリアの築き方にはどんな方法があるのかを知る、など人それぞれの学びがあるはずです。

僕自身は、ブロックチェーンをはじめとしたテクノロジー分野への転身を視野に入れていたため、スタートアップにもたくさん応募しましたが、当時在籍したシンガポールキャンパスにはスタートアップ専門のキャリアアドバイザーがいたため、彼女と週1くらいで面談して、面接の進め方の手ほどきを受けました。

面接で適切に自分をアピールする事は他分野の就活と同様に大事ですが、スタートアップは大手企業に比べて、事業や組織の今後の見通しの不確実性が一層大きく、個別性もまた強いため、どのようにその企業が成功し、その中で自分が活躍する下地を作るか、という観点でどんな事を面接時に確認・交渉すべきかを一から助言してもらった事はとても役に立ちました。

特に、選考が進み内定をもらうくらいの段階になったら、事業・財務情報をできるだけ開示してもらい、会社の将来性と資金が尽きてしまうリスクを考えてみた上で、給与と株式報酬の有無はしっかり交渉するようにしました。

候補者としてはどれだけ素晴らしい企業に思えてもこの辺りに納得が行かないまま入社する事のリスクは無視するには大き過ぎますし、会社側の立場に立つ事があればこれらの疑問への対応が採用力を高める事につながると実体験から腹落ちした上で行動に移せます。

また、企業への就職でも起業でもなく、Y CombinatorAntlerEntrepreneur Firstといったインキュベーションプログラムへの参加という道を選んだ同級生もいます。さらには、就職を半年後にして、こうしたプログラムで自分の起業家としての適性・実力を測っておこうという猛者も複数います。

団体・人脈

お次は、INSEADで得られる人とのつながりに関する仕掛けについて。

INSEAD Entrepreneurship Club (IEC)

MBA在校生による起業クラブです。上述の3Psは彼らが運営しており、その他にも講演・トレックなどなど色々なイベントを随時企画してくれてます。グループチャットも運営されており「xxに詳しい人知らない?」「こんなサービス作ってみたので使ってフィードバックして欲しい」など、ちょっとしたやり取りが日々行われています。

INSEAD Entrepreneurship Club

INSEAD Centre for Entrepreneurship (ICE)

略称が紛らわしいですが、こちらは学校が設置した起業関係の取りまとめをする組織です。起業に関する事で学校に相談・質問したい事があれば、こちらを窓口にやり取りするのが良いと思います。

INSEAD Centre for Entrepreneurship

Entrepreneurs in Residence (EiR)

INSEADが提携している経験豊かな起業家たちです。アポを取って、事業やキャリアの相談をする事ができます。

Entrepreneurs in Residence

INSEAD LaunchPad

INSEAD卒業生のためのスタートアップアクセラレーター。フランスのStation Fに入居しており、INSEAD卒業生(を含む創業チーム)が立ち上げたスタートアップを定期的に選考して、無事にプログラムに合格するとあれこれサポートしてくれます。

INSEAD LunchPad

キャンパス周辺のエコシステム

シンガポールのBlock 71、フランスのStation Fといった政府の後押しを受けるようなスタートアップインキュベーション施設とも関わりを持っていますし、アブダビやサンフランシスコにも施設がありますので、こうした地域を特に狙いたい場合はINSEADとの繋がりも有益な資産の1つになり得ます。

特に2019年2月に開設されるサンフランシスコハブは、非常に示唆深いです。

INSEADはウォートン(2001年〜)・ケロッグ(2010年〜)というアメリカ東海岸のMBAプログラムと提携しており交換留学が可能です。

2020年になって今度は西海岸に、これまでのような提携ではなく自前で施設を作るというのは、INSEADが技術・起業の聖地とも言える当該地域に並々ならぬ関心を寄せているからではないか、と考えています。

サンフランシスコハブの今後の動きはINSEADの今後を占う試金石になると思われ、目が離せません!

なぜ起業家教育が盛んなのか?

このように、INSEADでは起業に関して様々な学びの場が提供されており、学校も明確に起業に意識を向けさせようとしています。僕が考える理由は下記の通りです。

ミッション実現に資するINSEADのバリューに「business as a force for good」という言葉があります。留学していると、結構、色々な場面で聞かれる言葉です。より良い社会の実現に向けてリーダーを育成するビジネススクールとして、その手段の1つとして社会問題を事業で解決する「起業」をできる人間を育てよう、というのはごく自然な帰結のように思えます。

ビジネススクールの評判・収益に貢献する:ビジネススクールにとって評判・権威は重要であり、その1つのものさしであるMBAランキングはその多くが卒業生の所得で測られるようにできています。従って、卒業生が高い収入を実現してくれると、ランキングが上がってたくさんの優秀な応募者を惹きつけ、MBAなどのプログラムや企業向け研修の事業の収益が成長し、さらに寄付も集まりやすくなっていきます。この好循環を回す方法としては、卒業生に良い会社に入ってもらう、卒業生に良い会社を作らせる、のいずれかであり、確率は低くても当たると大きいのが後者だと思います。

INSEADも最初はベンチャーだったINSEAD1957年にHBS出身のベンチャーキャピタリストGeroge Doriotがパリ商工会議所の力を借りて設立し、1959年に最初のMBAを開講しています。僕が留学した2019年はちょうど60周年に当たる年でした。INSEAD自体がベンチャーに造詣の深い人自身のベンチャーであり、社会を変えるために新しく事業を始める、という事を尊ぶDNAが内在しているように思います。

世界的な起業に対する前向きな雰囲気:ひと昔前に比べて、起業に対する社会の認知もすごく前向きになったように思います。こうした時流が背中を押して起業家教育に力を入れさせている側面もあるだろうなと思います。

MBAって起業の役に立つの?

そもそも、起業するのにわざわざ時間とお金をかけてMBA取る必要あるの?無駄じゃない?という点について。

デメリットはこうした機会損失だとして、起業未経験ではありますが、メリットについて頭で思うところをまとめます。

転ばぬ先もしくは転んでしまった時の杖

いくつか要素がありますが、MBAが起業の失敗確率と失敗時のダメージを軽減してくれると思います。

留学時の学び・経験:授業で習った分析手法、講演で心に残ったとある一言、ピッチコンテストでの悲喜こもごも、といった事柄が、しなくても良い失敗を1つでも多く避ける手助けをしてくれるはず。

人脈:起業を検討するにあたり、色々な経歴の方をLinkedInやその他Webサービスで探し出せる時代に、卒業生のよしみで相談したい人に会ってもらいやすい状態というのは大きな財産だと思います。また、これはMBA受験および就活の時に感じた事ですが、MBA卒業生は出身校によらず様々なMBA卒業生と交流したり手助けしたいと自然に思っておられる方が多く、母校以外の関係者であっても臆せずトライしてみるのが良さそうです。

MBAも学歴の一種であり、ある程度の箔がつくので、それによって会社勤めなど組織の一員としてのキャリアの道筋は相応に広がりますし、その事が「1xxに挑戦してダメならまた再就職しよう」といった算段を立てる自信をくれます。

環境が人間を変える

とは、イギリスの社会主義者ロバート・オーウェンの提唱した思想ですが、身を置く環境で行動や思考が変わっていくという事は誰しも思い至るところがあるはず。

僕もINSEADで起業への熱気に触れた事が、回り回ってブロックチェーンという新しい技術・分野への転身という決断の後押しになっていると感じます。

MBA卒業後の人生は数十年続くので、留学中に「起業ってなんかすごいな・・」とうっすら思っていたのが、卒業後に風の噂で誰それが起業したとか成功したといった話を聞くにつれて「あいつにできたんなら俺にもできるんじゃ・・?」とジワジワ起業に気持ちが傾いていく・・といった事象が多くの卒業生に起きた結果が、冒頭で紹介した卒業生の53%が何らかの形で起業に関わるというデータなのかな、と思っています。

世界に散ったかつての同級生が、マラソンのペースメーカーのように素晴らしい人生のベンチマークをくれる事で、自分も負けじと頑張るうちにいつの間にか思わぬ高みに登れる、といった効果が(何だか起業に限った話ではなくなってきましたが)MBAの大きな効用かなあ、と。

おまけ:INSEAD卒業生のスタートアップ

最後に、INSEAD卒業生が立ち上げた企業のリストを置いておきます。全てはとてもカバーできませんが、随時更新していきたいなと。世界的にはTransferWise、日本ではWealthNaviが著名ではないかなと思います。

TransferWise(海外送金)
BlaBlaCar(中長距離のライドシェアリング)
WealthNavi(ロボアドバイザー)

INSEADって結構起業分野で頑張ってる学校なんだなーという事が伝われば幸いです!